専門分野

日本近現代文学・文化、デジタル・ヒューマニティーズと日本文学、移民文学、出版文化

―私小説、自然主義文学、現代日本のトランスナショナル文学、デジタル・ヒューマニティーズ、空間表象と文学、小説とプライヴァシー、モデル小説、帝国の出版流通、外地書店、歴史と表象、移民文学、ポストコロニアル文学、日系アメリカ移民の日本語文学

略歴

名古屋市出身。金沢大学文学部卒、筑波大学大学院博士課程文芸・言語研究科修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、筑波大学文芸・言語学系助手、京都教育大学教育学部講師、同准教授、2009年4月名古屋大学人文学研究科准教授、2021年4月より同教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校日本研究センター客員研究員(2002-2003)、ワシントン大学客員研究員(2009)。

業績等

著書等

・『プライヴァシーの誕生──モデル小説の文学史』新曜社、2020年

・『文学の歴史をどう書き直のかー二〇世紀日本の小説・空間・メディアー』笠間書店、2016年

・『いま、大学で何が起こっているのか』ひつじ書房、2015年

・『ジャパニーズ・アメリカ――移民文学・出版文化・収容所――』新曜社、2014年

・『〈自己表象〉の文学史──自分を書く小説の登場──』翰林書房、2002年;増補版2008;第三版2018年

⇒より詳細な業績は、http://profs.provost.nagoya-u.ac.jp/view/html/100000371_ja.html

インタビュー

─これまで先生が取り込んでこられた主な研究、および現在取り込んでいらっしゃる研究について簡単にお聞かせ下さい。

修論~博論では、「私小説」的な形態の小説がどのようにしてできたのかを歴史的に考えました。その後、「私小説」系の課題を発展させて、モデル小説のトラブル史についての著作『プライヴァシーの誕生──モデル小説の文学史』を出しました。並行して、移民文学とその出版文化についても研究を行ってきました。日系アメリカ移民の日本語文学と出版文化が中心で、これは『ジャパニーズ・アメリカ 移民文学・出版文化・収容所』という本にまとまりました。
いまは、自分の研究上の関心としては、主に大きく分けて3つのテーマを追いかけています。一つは、旧外地の日本語書店と書物流通について。近代に入り、国境を越えて人が動き、モノが動き、情報が動きます。日本の文学や出版文化もまた、その動きの中で「国」という括りではうまくとらえられないような展開を見せます。その出発と発展、変容を、文学作品の分析だけではなく、それらを支える下部構造(インフラストラクチャー)となった諸メディアや出版社、書店、流通網なども含めて考えたいと思っています。
二つめは、いわゆる「日本語文学」の問題です。トランスナショナルの文学と呼ぶこともあります。日本で生まれた日本人ではない人々も、日本語を使って文学の創作をしている。あるいは日本人だけれど日本ではない場所や、日本語ではないところで創作活動をしている。そうした現代の作家・自身たちの活動を、近代の移民史などもふまえながら考えたいと思っています。
三つめは、一番新しい課題です。コンピュータを使って、どのように日本近現代文学の研究が行えるか。近年、「デジタル・ヒューマニティーズ(DH、デジタル人文学)」の研究潮流が世界中で広がっています。これは情報科学の知見をもとにした分析手法が導入されるようになったことと、さまざまなフォーマットでデジタル化された資料が増加の一途をたどっていることが、背景にあります。近代文学に関係する世界でも、文芸作品や関連資料が画像としてデジタル化されていたり、全文テキストデータになっていたりすることも増えています。これらのデジタル本文を、コンピュータを使ってどう解析するか。文学研究の新しい挑戦だと思っています。

─そういった研究のおもしろさ(新しさや重要性・意義を含めて)について語ってください。

いま、3つのテーマについて紹介しましたが、それぞれに面白さは違いますね。旧外地の日本語書店と書物流通については、物と歴史に向き合う面白さだと思います。かつて、本は海を越えて、はるばる外地の書店まで運ばれ、多様な背景の読者のもとへと届いた。そうした本の流れ、本を運んだ人々、本を売った書店のようすを掘り起こすと、国境を越えて続いた読書の営みの長さ、民族を越えた読書文化の共通性が見えてくると同時に、支配や侵略、国境や民族による分断、プロパガンダ、営利的な駆け引き、個人の情熱や商魂など、さまざまな近代の陰も見えるようになり、個人の経験の面白さや大変さも見えてきます。
「日本語文学」については、とても現代的なテーマです。現代日本は、どんどんと多民族化、多文化化しています。私は、人々が認めようが認めまいが、政治家がそれをどう呼ぼうか、事実上、日本は移民社会に移行しつつあると考えています。在日の外国人作家たちが中心となっている現代の「日本語文学」は、その社会の申し子だと思います。文学のとらえた姿から、現代の日本をまなざす。それがこのテーマの面白さです。
デジタル・ヒューマニティーズについては、新技術、新資料のもたらすワクワク感が一番ですね。これまでは人の目と手で行ってきた分析を、コンピュータを介在させて解析する。大量の資料を、瞬時に読解できる力は、とても人間の及ぶところではありません。結果として差し出される答えも、文学研究者を驚かせたり、悩ませたりします。既存の研究とは、手法も、過程も、結果も、大きく異なります。文学研究者は、そういう新しい展開を、これまでの知見、これまでの関心と結び合うように工夫しなければならない。手間のいる部分も多いし、そのわりにつまらない結果しか出なかったり、うまく分析できなかったりと難しい部分も多いですが、あきらかに未来の展望は広い、そんなテーマです。

─先生は「研究」というものに対して、どのように考えていらっしゃいますか。

正面から答えることにはなりませんが――。
研究が面白い!と思える瞬間を、いま二つ思いつきます。私は書庫が好きなんですよ。特に窓がない閉鎖的なフロアで、大量に古い雑誌や本がびっしり詰まっているところが好きです。雑用を放り出して、そうした書庫に潜ると、ふっとかび臭い古い紙の匂いが鼻に届く。すごくテンションが上がる瞬間ですね。ああ、これを100年前ぐらいに誰かが読んでたんだなぁ、などと考えながら、役に立ったり立たなかったりする記事を読み耽る。
収穫がないことが大半ですが、ねばっているうちに唐突に、過去の手触りをすぐ間近に感じる瞬間が稀に来る。その時は、幸せです。
もう一つは、自分の拠って立っていた意識的無意識的な知的枠組みが、がらがらっと崩れて組み変わる瞬間。最初にソシュールを読んだときや、フーコーを読んだとき、複雑系科学をかじったとき、認知意味論を勉強したとき、最近だとデジタル・ヒューマニティーズに取り組み始めたときがそうだったんですが、個人的な知的ブレイク・スルーがごくたまに起こる。その時の興奮は、やみつきですね。一気に視界が、世界が、変わる感じです。
研究には「職業」的な面も多く――というかそういうのが95%ぐらいだと思いますが、残り5%の自発的な没入とさらにそのなかの0.5%の強烈な喜びが私に研究を続けさせている、といったところです。

─先生ご自身の専門・研究と日本文化学(講座)との関係、あるいは位置づけについて教えてください。

専門領域的に言えば、日本の明治大正文学のあたり、そして移民地・植民地および現代の日本語文学が一応分掌かな。あと、これからはデジタル・ヒューマニティーズに力を入れるつもりです。しかし、こうしたくくりの境界は曖昧なことが多いし、実際の各教員の仕事も交差していることがしばしばあるので、あまり厳密に考えない方がいいように思っています。

─先生ご自身の専門分野以外に、興味・関心のある領域について教えてください。

薄く広くですが、情報テクノロジー、認知科学、美術、アニメーションなど。

─院生を育てる方針や、評価するにあたって重視している点を教えてください。

オープンであること、かな。私もそうありたいですし、院生の皆さんにもそれを求めたいです。〈知〉というのは、交通がないところには花開かないと思うのです。みなさん、積極的に外へ出て行って、色々読んだり聞いたり話したりしましょう。私の部屋へも、遠慮なくどうぞ。

─先生のご趣味や特技を教えてください。

子育てをしています(2011年生まれ)。もう大きくなっていますが、子供を観察するのは面白いですね。あとは、山登り。2023年に行った「雲の平」はすばらしかった。料理をするのも好きです。家庭料理ですが。好きなものを好きなように作れ、没頭でき、食べて欲を満たせるのがいい。

大学院入試受験準備用の参考文献

【批評理論・文学研究の入門として】
・ 柄谷行人『近代日本文学の起源』(諸版あり)
・ 前田愛『増補 文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫、1993年)
・T.イーグルトン『新版 文学とは何か――現代批評理論への招待――』(岩波書店、1997年)
・大橋洋一編『現代批評理論のすべて』(新書館、2006年)
・ピーター・バリー『文学理論講義』(ミネルヴァ書房、2014年)
・日本近代文学会編『ハンドブック 日本近代文学研究の方法』(ひつじ書房、2016年)
・石川巧ほか編『文学研究の扉をひらく 基礎と発展』(ひつじ書房、2023年)

【文学史の入門として】
・『日本文芸史』5~8巻〈近代・現代〉(河出書房新社、1990~2005年)
・鈴木貞美『入門 日本近現代文芸史』(平凡社新書、2013年)
・安藤宏『日本近代小説史』(新装版、中公選書、2020年)

各文献は準備の最低線としてではなく、あくまで「入口」として示しています。それぞれをもとに、個別の理論、領域、時代・作家・作品について理解を深めておいてください。

連絡先

研究室:文学部本館2階 218号室

ホームページ:http://park18.wakwak.com/~hibi/index.htm