専門分野

日本近現代文学、日本文化論、ジェンダー批評

―ジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズム、文学場、身体、書くという欲望、読者、自己表象、夏目漱石、女性文学、雑誌文化

略歴

愛知県出身。
名古屋大学文学部卒業(1989)
名古屋大学大学院文学研究科博士課程前期課程修了(1991)
名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学(1995)
博士(文学)学位取得(1997)
神戸女学院大学研究助手(1995)、講師(1996)、助教授(1999)、教授(2007)
スタンフォード大学 客員教授(2002.9-2003.8)
名古屋大学大学院文学研究科 教授(2014)

業績等

主な論文

「『劉廣福』と『祝という男』と-植民地主義的越境を例に、多層性について考える」『移民とトランスボーダー』(ブックレット)神戸女学院大学研究所、1998.3
「彼らの独歩-『文章世界』における「寂しさ」の瀰漫」『日本近代文学』59、1998.10
「愛読諸嬢の文学的欲望-『女子文壇』という教室」『日本文学』47(11)、1998.11
「〈告白〉を微分する-明治四〇年代における異性愛と同性愛と同性社会性のジェンダー構成」『現代思想』27(1)、1999.1
「野上弥生子の特殊性-「師」の効用」『漱石研究』13、2000.3
「関係を続ける-松浦理英子『裏ヴァージョン』、『こゝろ』と『放浪記』と」『現代思想』28(14)、2000.12
「朱を奪う―読者となること・読者へ書くこと」『日本文学』52(1)、2003.1
「物語としての家族」『現代思想』32(10)、2004.9
「清張の、女と因果とリアリティ」『現代思想』33(3)、2005.3
「『明暗』の「愛」に関するいくつかの疑問」『漱石研究』18、2005.11
“Dokusha to shite no Soseki”, PAJLS: Proceedings of the Association for Japanese Literary Studies(9), 2008
「〈貧困〉におけるアイデンティティ-角田光代『エコノミカル・パレス』、佐藤友哉『灰色のダイエットコカコーラ』を通して考える」『日本近代文学』81、2009.11
「「幻惑」される読者-『文学論』における漱石」『文学』13(3)、2012.5
「村田沙耶香とジェンダー・クィア : 『コンビニ人間』、『地球星人』、その他の創作」『JunCture』10、pp.48-63、2019.3
「文学場における女性作家」『アジア・ジェンダー文化学研究』 (4)、pp.11-22、2020.6
「再生産・生殖の再配置に向けて : 現代女性作家による五つの実験」『日本文学』69(11)、pp.12-22、2020.11

主な著書

『彼らの物語 日本近代文学とジェンダー』、単著、名古屋大学出版会、1998.6
『構築主義とは何か』、共著、勁草書房、2001.2
『岩波講座近代日本の文化史2 コスモロジーの「近世」』、共著、岩波書店、2001.12
『『青鞜』という場 文学・ジェンダー・〈新しい女〉』、編著、森話社、2002.4
『文学の闇/近代の「沈黙」 文学年報1』、共著、世織書房、2003.1
『はじめてのジェンダー・スタディーズ』、共著、北大路書房、2003.2
『日露戦争スタディーズ』、共著、紀伊國屋書店、2004.2
『岩波講座文学 別巻 文学理論』、共著、岩波書店、2004.5
『ポストコロニアルの地平 文学年報2』、共著、世織書房、2005.8
『少女少年のポリティクス』、共著、青弓社、2009.2
『コレクション・モダン都市文化48 恋愛』、編著、ゆまに書房、2009.9
『村上春樹と小説の現在』、共著、和泉書院、2011.3
『よくわかる ジェンダー・スタディーズ』、共著、ミネルヴァ書房、2013.3
『彼女たちの文学 語りにくさと読まれること』名古屋大学出版会、2016.4
『ハンドブック 日本近代文学研究の方法』、共著、ひつじ書房、2016.11
『谷崎潤一郎読本』、共著、翰林書房、2016.12
『漱石辞典』、共著、翰林書房、2017.5
『太宰治研究25』、共著、和泉書院、2017.6
『世界文学としての夏目漱石』、共著、岩波書店 2017.3
『漱石辞典』、共編著、翰林書房、2017.5
『戦後日本を読みかえる4:ジェンダーと生政治』、共著、臨川書店、2019.3
『ケアを描く』、共著、七月社、2019.3
『女性と闘争:雑誌「女人芸術と一九三〇年前後の文化生産』、共編著、蒼弓社、2019.5
『疫病と日本文学』、共著、三弥井書店、2021.7 (「生き延びていくために 金原ひとみ「アンソーシャル ディスタンス」と「腹を空かせた勇者ども」pp.169-178)
『日本文学の見取り図 宮崎駿から古事記まで』、共著、千葉一幹・西川貴子・松田浩・中丸貴史編、ミネルヴァ書房、2022.2 (「夏目漱石」pp.172-173、「岡本かの子」pp.144-145)
『戦後日本の傷跡』、共著、坪井秀人編、臨川書店、2022.2.28 (「戦後日本の「ケアの危機 津島佑子「ある誕生」「壜のなかの子ども」にみる子殺しと障害の交差」pp.334-347)

インタビュー

─これまで先生が取り組んでこられた主な研究、および現在の研究内容、またそれらの研究の魅力について話してください。

私は、文学とジェンダーとの関わりについて考えてきました。ジェンダーは、私たちの文化に組み込まれています。ジェンダーは、社会システムを動かす強力な枠組みとなっていますし、個々の人間のアイデンティティを形成する規範としても機能しています。とはいえ、それは普遍的なものではなく歴史的に構築されてきたものです。ジェンダーは、どのように再生産され、どのように機能してきたのでしょうか。私は、文学を対象に、日本近代において文学という領域はどのようにジェンダー化したのかという問いをたててみました。出した答えは、20世紀初頭に文学が芸術化すると同時に男性ジェンダー化したというものです。作家と読者がつくる共同体はホモソーシャルなものとなり、個々の作家はその場にあって、ときにそれを再生産し、またときに組み換え、交渉を試みてきたわけです。具体例として夏目漱石の作品を、主に分析してきました。
ここしばらくは、近代から現代まで広く女性作家の作品分析を重ねています。作家と読者との関係は複雑です。書くことは、読まれることに曝されるということです。読者との関係を考えることで、書かれたものにあらわれた亀裂に目を向けながら、ジェンダーを意識することが、自らを「女」や「男」に振り分けるというよりは、それからずれる居心地の悪い経験に結びついていることを論じています。
文学は、規範の再生産と攪乱をともに見ることのできる領域です。ジェンダーやセクシュアリティについて考える際にも、文学を経由することで、その複雑さについて具体的に考えることができると思っています。フェミニズムやジェンダー・スタディーズを、自分の足場に執拗にこだわる立場だと感じる人もある(あった、と過去形で言いたいところです)ように思いますが、私は、それとは正反対に、自分のあり方を問い直し、動かし、つくりかえていく思想としてフェミニズムに出会いました。ジェンダーだけでは解けない問題も多くありますから(というより、どのような局面でもジェンダーは他の力学と絡んで機能していますから)、自分の足場にこだわらずに、ものの見方を変え続けていくことが大切だと思っています。またジェンダーやセクシュアリティの問題は、マイノリティについて考えることに繋がっています。安易に敷衍することの危険をふまえつつ、マイノリティが生き延びることに結びあわせて考えていきたいと思っています。

─「研究」というものに対して、先生はどう考えていらっしゃいますか。

「研究」は、目から鱗を落とします。常に驚きに満ちています。知らないことを知る喜びも、新しいことを発見したときの興奮も、自分の無知に恥じ入る経験も、すべて「研究」の醍醐味だと思います。

─先生はどんなきっかけで文学を研究し始めましたか。

学部生のときに日本文学を専攻することにしたのは、自分に近く、そして時間の幅を長くとって向かいあうのに適した現象について考えてみたいと思ったからです。「日本」の「近代」の「文学」が、私にとっては、最も近く感じられるものでした。そしてまたメディアの中にあって、息の長いものとして文学を選びました。自分に近い入り口から入って、どこまで遠くに行けるか、ときにはジャンプしながら、考えていきたいと思っています。今に至るまでに学んだことは、「日本」も「近代」も「文学」も、どれもが歴史的なもので、かつても今も変わり続けているものだということです。起きていることがらの渦中にいると何がどう変わっているのかよく分かりませんし、悪い変化ほど強く感じられ、また一方では悪いことほど変わらないようにも感じますが、長いスパンでみてみると、どんなことも変化しているということが分かります。簡単に喜べなくなりますが、簡単に絶望もしなくなります。

─ご自身の研究以外に、関心のある分野・領域について教えてください。

茶道と合気道と能の稽古をしています。身体を通して受け止めている感触は、三つに共通するものがあり、その感覚に興味を持っています。もともとは研究とはまったく無関係にはじめたものですが、言葉にならないものについて考えるときに、そうした身体の感覚を思い起こすことが少なくないので、良くも悪くも、徐々に研究との関わりが深くなってきてしまいました。

─先生は名古屋大学文学部・文学研究科で学部生・院生時代を過ごしたそうですね。名古屋大学の文学部・文学研究科および現在属している日本文化学講座について、思うことを聞かせてください。

学生時代といえば、学部生の頃から参加した院生主宰の研究会・読書会がとてもおもしろかったことが思い出されます。遠慮なく、分からないことや、咄嗟に思い着いたことなども口に出すことができて、議論がたいへん楽しく思えました。その続きに、今があるようにも思います。名古屋大学のキャンパスには門がないということがよく言われますが、たしかに風が木々をゆらして吹き抜けていて、歩いていると気持ちが広がります。かつては、「国文科」に所属していましたが、戻ってきたのは「日本文化学」の講座です。かつても、アジアや欧米のさまざまな国からの留学生がいましたが、現在の日本文化学講座ほど開かれてはいなかったと思います。それぞれのバックグラウンドが練り合わされて、非常に活気のある場が生まれていると感じています。

─文学に興味を持っており、大学院に入りたいと考えています。そのためには、学部の段階で何を準備すればいいでしょうか。それについて教えてください。

ありきたりの答えですが、とにかく手当たり次第に読むことだと思います。そしてそれについて話す場を持つことでしょうか。誰を相手にしてもよいと思いますが、インプットするだけではなく、アウトプットする場所を自分で工夫してつくることが大切だと思います。書くのもよいかもしれません。どんなものでも、出さないと入ってこないものです。

大学院入試受験準備用の参考文献

【批評理論の入門として】
柄谷行人『近代日本文学の起源』(諸版あり)
石原千秋ほか『読むための理論――文学・思想・批評――』(世織書房、1992年)
前田愛『増補 文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫、1993年)
大橋洋一『新文学入門――T・イーグルトン『文学とは何か』を読む――』(岩波書店、1995年)
T.イーグルトン『新版 文学とは何か――現代批評理論への招待――』(岩波書店、1997年)
大橋洋一編『現代批評理論のすべて』(新書館、2006年)
ピーター・バリー『文学理論講義』(ミネルヴァ書房、2014年)

【文学史の入門として】
『日本文芸史』5~8巻〈近代・現代〉(河出書房新社、1990~2005年)
鈴木貞美『入門 日本近現代文芸史』(平凡社新書、2013年)

各文献は準備の最低線としてではなく、あくまで「入口」として示しています。それぞれをもとに、個別の理論、領域、時代・作家・作品について理解を深めておいてください。

連絡先

E-mail:iida.yuko.n9(@)f.mail.nagoya-u.ac.jp

研究室:文学研究科2階 219号室